kandata27
日本のエリートたちは「正解」がわからない段階で、自己責任・自己判断で「今できるベスト」を選択することを嫌う。これは受験エリートの通弊である。彼ら は「正解」を書くことについては集中的な訓練を受けている。それゆえ、誤答を恐れるあまり、正解がわからない時は、「上位者」が正解を指示してくれるまで 「じっとフリーズして待つ」という習慣が骨身にしみついている。彼らは決断に際して「上位者の保証」か「エビデンス(論拠)」を求める。自分の下した決断 の正しさを「自分の外部」に求めるのである。仮に自分の決断が誤ったものであったとしても、「あの時にはああせざるを得なかった」と言える「言い訳の種」 が欲しい。「エビデンス(論拠)とエクスキュース(言い訳)」が整わなければ動かないというのが日本のエリートの本質性格である。良い悪いを言っているわ けではなく、「エリートというのは、そういうものだ」と申し上げているのである。
 だから、危機的状況にエリートは対応できない。もともとそのような事態に備えて「須要の人材」として育成されたものではないから、できなくて当たり前な のである。だから、「そういうことができる」人間をシステム内の要所要所に配備しておくことが必要なのである。「胆力のある人間」と言ってもよい。資源も 情報も手立ても時間も限られた状況下で、自己責任でむずかしい決断を下すことのできる人間である。

阪神・淡路大震災との違いは「人災」であること - 中央公論.jp (via t-s-k-b

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阪神大震災のときだって「人災だ」って散々言われたんだけどねぇ。もう忘れちゃったのか?

(via hexe)

米軍の訓練では「70%の準備と70%の合意があれば行動せよ」って教えられるそうだと最近読んだ本に書いてあった。戦場での判断で万全を待っていては遅すぎるということらしい。

(via ultramarine)

結局、今、あらゆる所、あらゆるレベルで、世の中は柔らかくなっているんだと思う。

世の中が柔らかくなって何が起こるかわからない時に、自分を固くして身を守るか自分を柔らかくして身を守るか、それが問われている。

21世紀に戦略的思考なんてものが有効だとしたら、それは、どうやって段階的に自分を柔らかくしていくかについて戦略的に考える、という方向しかないだろう。

ニュースを報じる時の国際的なルール

①アナウンサーがニュースのさわりと、取材した記者の名前を紹介

②記者が自分の文章を自分の声で吹き変えたニュースを実施(BGM、効果音一切なし)

③最後に記者が顔を出して自分の名前と放送局名
(場合によっては所属部署も)を名乗る

これは世界のルール。
たとえ嘘があっても責任の所在が明確だから

アメリカ

http://www.youtube.com/watch?v=mmrG7eLs-dQ
ドイツ
http://www.youtube.com/watch?v=Eyvn3-buPas
台湾
http://www.youtube.com/watch?v=c420Mfysr0A
韓国
http://www.youtube.com/watch?v=oxgjb0hg6aI
フランス
http://www.youtube.com/watch?v=INIt4GXibIs
カタール
http://www.youtube.com/watch?v=GPKYn5A2Bs4

日本の、取材者も原稿書いた奴もあいまいで
茶化したBGMつけた「ニュース」と言う名のバラエティVTRは超危険すぎる
こんな逸脱した報道してる国は日本と北朝鮮くらい

日本のTVニュースは異常だよ
報道部の奴は世界のニュースを見ろ。異常さに気づけ
「社会の常識」と「自分が勤めてる会社の自分が勤めてる部署の常識」を区別できない大人が増えているので国が滅びる
Twitter / todesking (via 774)